2013年01月26日

バイオ バブル?

いわゆる上場バイオベンチャーの株価が急上昇している。
 この表は私の定義でバイオベンチャーに分類している企業の2013/01/25終値に基づく時価総額だが、最高額のナノキャリアは1000億円に迫る勢いである。2位のカイオム・バイオサイエンスも700億円を超えており、300億円を超える企業が5社もある。 これがどのくらいすごいことか。 例えば1〜2年前は、数社を除くほとんどの企業が100億円以下で、その数社でさえ300億円を超える企業が1社も無かったと言えば分かってもらえるだろうか。
20130125_BioTechJapan.PNG
 急上昇している企業のうち、数社は株価が上がって然るべき大きな事業進捗があった。しかし、その他は特にそれほど大きな進捗と言えるものは無かった。
 いつから上がり始めたのだろう。 このグラフは直近一ヶ月のものだが、だいたい1月初めになって上がってきたのは見てとれる。 より正確に言うと、事業進捗によって数ヶ月前から上がり始めていて1月初めの上昇とトレンドがうまく切り離せない企業もいくつかあるのだが、他のほとんどの企業はこのグラフの通り、1月初めからの急上昇と言って良い。
20130125_BioTechJapanGraph.PNG

 何があったのか。 業界では、12月半ばの政権交代で株式市場そのものが上げ基調であった上に、1/10に再生医療研究(特にiPS細胞関連)に文科省が1100億円の予算を付けるという発表があったせいではないかと言われている。 いわゆる連想買いというやつで、再生医療に関係の無いバイオベンチャーまで軒並み上昇している感がある。
 実は、2004〜2005年頃もバイオベンチャーの株価は高かった。 日本初のバイオベンチャーの上場は2002年のアンジェスMGで、2003年にはオンコセラピー、2004年にはそーせいが上場した。 その頃のバイオベンチャーの時価総額は500〜1000億円で、それが妥当だったかどうかはともかく、ちょっとしたブームではあった。 それを見て、値付けの根拠を理解しないままバイオベンチャーへの投資を盛んに行ったVCも当時は本当に多かった。 VCから投資を集めるバイオベンチャー側も強気で、「投資させてやっても良い」という態度だったし、非常に高額な株価を提示していた。
 しかし、その後、バイオベンチャーのビジネスモデルや企業価値評価手法が十分に理解されていない日本の株式市場では不安が広がり、上場バイオベンチャーの時価総額は日に日に低下。 新規上場も滞りがちになり、2008年頃から長らく、バイオベンチャーは上場したとしても数十億円の評価でしか上場できない、そもそも手数料が収益源である証券会社がバイオベンチャーの上場を手がけてくれない、という時代が続いた。
 2012年は、典型的なバイオベンチャーのビジネスモデルより早期に収益を上げられるよう、ビジネスモデルを少し改良したようなバイオベンチャーが続々と上場したり、典型的なビジネスモデルのバイオベンチャーも成果を出して価値を理解され始めたり、状況が変わりつつある感があった。 しかし、正直に白状するが、政権交代がここまでバイオベンチャーの時価総額に影響するとは全く予想外だった。 じゃっかんバブルを懸念する声も周りからチラホラ聞こえるが、上場しているバイオベンチャーにとっては嬉しい状況だろう。

 ちなみに、ナノキャリア(4571)、キャンバス(4575)、ジーンテクノサイエンス(4584)、UMNファーマ(4585)、ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(7774)、セルシード(7776)の6社は、私自身が直接担当した、かつての投資先である。
 今日は、何となく、昔を思い出して、感慨深い。
posted by 角田 健治 at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ベンチャーキャピタル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月01日

The Servant, by James C. Hunter

休暇中、「サーバント・リーダー」を読んだ。1998年に出た本を2012年に再度翻訳したものらしい。ともかく、15年程前に書かれた本だ。
 キリスト教の修道院を舞台にしているので、少々宗教臭い部分は否めないが、「論語」などの中国古典を読んだことの無い人は、ぜひ読むべきだと思う。基本的に、既に部下を持っている人か、間もなく部下を持つ人が対象で、それより前の段階にいる人にはちょっと早すぎるかもしれない。
 それにしてもIT革命真っ只中のアメリカでこのような本が刊行されたという事実は興味深い。

 一言で言うと、「servant leadership」とは儒教の「仁」とほぼ同じ概念で、この本は、それをコンサル風に分析&理論化し、小説風に書籍化した本と言って過言ではないと思う。著者もこれが新発見というより再発見であることを自覚しているのではないかと思うが、元敏腕経営者の修道士によって修道院で行われるリーダーシップ研修を舞台にし、キリストやガンジーの例を挙げながら、主張を展開している。
 キリストが生きたのは言うまでもなく2000年前。孔子が生きたのは紀元前500年頃。要するに、少なくともそのくらい昔から文書化され提唱されていることと本質的には同じ。当然ながら、古典好きにとっては目新しい概念ではない。
 しかし、それを現代風に注釈を施した、もしくは、論理的に説明し直したおかげで、近代教育を受けた者、特に理系頭には理解しやすくなったと思う。そういう意味で、良い本だ。

 この本では、「権力」と「権威」を厳密に定義し、「権力」を用いて人を従わせることが終わった現代においては、「権力」ではなく「権威」を以って人を導くべきであると主張している。そして、「権威」を身に付けるための行動規範が提唱されている。
 この主張に至るまでの論理展開は、私がP&Gの研修でさんざん叩きこまれた「consumer is boss」というフレーズに代表される概念ととても似ていて、私にとっては理解しやすい話だった。
 正直に白状すると、私は中国古典好きで、「仁」については概念としてはよく理解していたつもりでいたが、具体的な行動規範にまで落とし込めていなかったことを思い知らされたし、いくつかの点で自身の行動を大きく反省する材料になった。

 良い本だと認めた上で敢えて言う。この本で提唱される行動規範は、言わば「平時の兵法」であって「戦時」にも使えるかどうかは疑問だ。
 言い換えると、ある程度の知性があり感情の起伏を抑えられる相手に対して、かつ、人間関係を築く時間的余裕がある場合に有効な手立てであって、そういう条件が揃わない環境下では成り立たないのではないかということである。
 いや、やはり、はっきり言おう。世に「力なき正義は無力」という言葉があるように、きれい事が成り立たない場面はある。

 この本の強烈な弱点は、この本の中でも問答の形で登場する。ここで提唱される行動規範を導入しようとした組織で、その行動規範を実行しない者がいた場合にどうするか、という問いに対し、いろいろ言葉を尽くして答えようとしているものの、要約すると「組織から追い出せ(もしくは、追い出すと脅せ)」という回答で、実につまらない。
 「権力」ではなく「権威」を用いてリーダーシップを発揮せよと提唱しておきながら、従わない者がいたら「権力」を以って排除せよと言っているのだから、理論的に脆弱と言わざるを得ない。
 実際、キリストは弟子に裏切られた上に処刑され、ガンジーは暗殺された。おそらく、「キリストもガンジーも、個人としては命を落としたが、その思想は死後も滅びなかった」と主張する人もいるだろう。しかし、この本が提唱する行動規範が通用しない相手がいるのは明白だし、この行動規範を用いてリーダーシップを発揮したいと思う人が個人として失脚することを喜ぶだろうかということを考えると、この本で提唱している行動規範は理論的に未完成な部分が残っている。

 そういう弱点はあるものの、「権力」を用いるのは最終手段とし、まずは「権威」を以って人の行動を引き出すことを善しとする考えには大いに賛成するし、ベンチャー企業でも大企業でも凡そ組織の長となるものは、そう心がけて欲しいと思う。自分自身も、「権威」を身に付けるために自らの行動を省みる必要を痛烈に感じた。
posted by 角田 健治 at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ベンチャーキャピタル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月15日

「安定」を求め、「安定」によって滅ぼされる。

先進国と新興国の関係は、ある意味で、大企業とベンチャー企業の関係に似ている。そして、同じ意味で、老人と若者の関係に似ている。
 多くの人は「不安定」な状態から日々努力して「安定」を目指す。その過程で、能力を高め、経験を積み、人間的に実る。そうやって頑張って「安定」に辿り着くと、皮肉なことに、人は成長を止め、腐り始める。
 腐ろうと思って腐る人はいない。実際に「安定」に辿り着いた人がしたいと願うのは「現状維持」だ。問題は、「現状維持」をしようとしているつもりで、実際には「現状維持」にならないところにある。鉄を鍛えて作った刀をただ保管するだけでは錆びさせてしまうように、刀の刀としての性能を「現状維持」しようとすると磨き続けなければならない。この当然必要な努力を、皆、頭では分かっているのに、実際にできる人はとても少ない。
 起業家は事業を軌道に乗せようと、すなわち、事業を安定させようと努力する。そのために、製品やサービスを向上させ、事業規模を大きくしていく。やがて事業が安定してくる頃には、元「ベンチャー企業」は「大企業」の様相を呈し始める。それでも多くの場合、創業者はビジョンを描ける人であることが多いので、次々とビジョンを新しくして行けば、企業はある程度安定しながらもさらに成長し続けていくことは珍しくない。深刻に大企業病に罹り始めるのは、多くの場合、創業者が去った後だ。
 後継者は、創業者に倣おうとする。その姿を見る部下やさらに次の後継者達は、創業者を含む「過去の成功」に倣うことを善しとする風潮を生み出す。それは即ち大企業病の一つの特徴である前例踏襲主義を会社中に浸透させていくことに他ならない。こうなると新しい試みは生まれなくなり、社会の変化についていけなくなる。それでも一旦ある程度の規模に到達していると、それなりに経営できてしまうので、病状は更に悪化する。
 大企業に入社する人は大きく二種類に別れる。社会に大きな影響を与えたいという野心がある人と、「安定」が欲しい人だ。前者はアクセルになる。後者はブレーキになる。後者は「安定」を求めているつもりで、本人のささやかな幸せを望む気持ちとは裏腹に、実際には企業を腐らせ「不安定」な状態へと陥れていく。
 仕事柄、ここ数年は欧米先進国とBRICsなどの新興国の両方に頻繁に行くようになったが、これと同じことが国でも起きるのを体感する思いだ。知識として持っているのと体感するのはやっぱり違うもので、この仕事に就いてからカラダで理解したように思う。
 新興国の国民は良い意味で野心に満ち溢れている。国民と同じく野心に溢れ、国の成長を牽引している官僚や大企業社員は尊敬されている。それに対し、先進国の国民は野心に乏しく、ほどほどで良いと「現状維持」を望む。先進国では官僚や大企業社員はそれ以外の国民から尊敬されているとは言いがたい。妬みと軽蔑の入り交じった感情で見られているのではないだろうか。

 清流の水も流れを止めてしまうと淀んで濁り始める。

 人は、生きるために「安定」を求め、「安定」によって滅ぼされる。皮肉なものだ。
posted by 角田 健治 at 03:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ベンチャーキャピタル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月23日

雑誌デビュー♪

と言っても、ほんの少しですが、3月24日発売のGQ JAPAN 5月号に掲載されました。92ページです。

 東京大学の産学連携本部では、毎年、『アントレプレナー道場』という講座(と言っても単位は出ない)を開いていて、2009年度から私もそこで東大生相手にメンターとして指導しています。このアントレプレナー道場がGQに取り上げられたので、私もめでたく取り上げてもらったというわけです。
 メンターは十数人ほどいて、弁護士、会計士、コンサルタント、銀行員などなど、みなさん何らかの形でベンチャー企業と接している人たちです。
 アントレプレナー道場には初級から上級まで三段階あって、段階を進むごとに人数を絞っていきます。そして上級に辿り着いた学生には3〜5人くらいのチームを作ってもらい、各チームに私たちメンターが1〜2人付いた上で、ビジネス・プランを一つ作ってもらうという仕組みです。
 今年、私が担当したチームには教え甲斐のある学生がいて、ついついこちらも熱が入る感じでしたが、結局、このチームは、アントレプレナー道場卒業後もそのビジネス・プランを発展させて、キャンパス・ベンチャー・グランプリ全国大会で3位を獲得したそうです。私の手を離れた後にも関わらず、この活躍のおかげで私が雑誌の取材を受けることになったようです。ありがたい話です。

 今回掲載された私のコメントは、ページの1/6程度に収まる程度のものでしたが、実は、これは1時間のインタビューの成果です。しかも、文章の校正も2回やっています。わずか1/6ページにそれだけのエネルギーを注ぎ込んで雑誌というものは作られているのだなぁと実感すると、その雑誌一冊がとても重いものに感じられます。
 今後、雑誌を買ったら、1ページも粗末に扱うことなく読まなくては申し訳ないなと今日は思いました。・・・なかなか実行するのは難しいですけどね。
posted by 角田 健治 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ベンチャーキャピタル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

セルシード 上場

セルシードがJASDAQ NEOに上場した。私にとって、4社目となる投資先企業の上場だ。公募割れだったが、ともかく、一つの壁を突破したことを祝いたい。

 セルシードに最初に投資したのはもう4年以上も前だ。角膜の再生医療を手掛けるベンチャー企業で、私がベンチャーキャピタリストという職業に就く前、雑誌に取り上げられているのを見て履歴書を送ろうかマジメに検討した会社だ。その時は、博士号を持つ研究員を募集していたので、修士の私ではダメだろうと諦めたが、その頃から注目していたので、投資案件として目の前に現れた時は、最初から投資する気で臨んだ。明らかにそのせいだが、今から思えば、かなり甘い調査で投資しており、投資してから半年くらいで自分の調査が甘かったことを思い知る羽目になった。
 調査不足だったのは厚労省の動きだ。
 当時の私はまだまだ駆け出しで、その重要性が分かっていなかった。すなわち、ちゃんと書類を出せば治験ができると思っていたのだが、全くの認識不足だった。
 再生医療や遺伝子治療などの先端技術には、当時の厚労省は今以上にとても慎重で、それらを開発していたベンチャー企業は軒並み足止めを食らっていたのだ。
 2006年頃のセルシードもまさにそうだった。おそらく2年近くほとんど進展が無かったのではないだろうか。
 しかし、この会社は、ある日、プラチナ・チケットを手に入れた。フランスの角膜手術の権威が関心を持ち、その人の導きでフランスで治験ができるようになったのだ。
 また、とても優秀な人材をCFO(後にCSO:最高戦略責任者も兼務)に迎え入れることができたこともあって、この会社は「問題児」から「有望な投資先」に変貌を遂げた。
 この一連の過程を見ていて、私は「技術が良いだけではベンチャーは成功しない」「企業は人である」という認識を心に深く刻んだ。
 研究開発型ベンチャーが陥りやすい罠に一度はどっぷりはまりながらも、それから這い出し、見事に飛躍して見せたセルシードは、私にとって、特に思い出深い企業の一つだ。
posted by 角田 健治 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ベンチャーキャピタル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月07日

タクシー王子 川鍋一朗

 川鍋一朗さんの講演を聞いてきた。

 日本最大のタクシー・ハイヤー業者である日本交通の三代目社長となる運命を背負って生まれ、ノースウェスタン大学でMBAを取った後はマッキンゼーで武者修行し、家業を継いでからはコンサルのノウハウを生かした経営改革で話題を読んだ「タクシー王子」である。
 ネットを検索すると、一部では非難もあるが、それはどこの世界でも目立つ存在に対して向けられるものであり、賛否両論あるというくらいに受け止めておけば良いと思う。

 1時間ほどの講演だったが、自ら「頭でっかちなコンサルタントが実業に取り組んで始めて理解した」と表現された、苦労と喜びを聞かせてもらえた。繰り返し、「考える」より考えたことを「実行する」方がずっと難しいと仰っていたが、短い言葉でありながらも実感のこもったトーンから、重みが伝わってくるような気がした。
 ベンチャーキャピタリストは、ベンチャー企業に投資した後、その投資先企業のコンサルタントとしての役割も果たす。現場を知らず(十分に理解せず)に机上の空論を展開してしまわないよう、自分も気をつけねばならないと身が引き締まる思いであった。

 「タクシー王子、東京を往く」という本も出版されているが、川鍋さんは、現場を知るため、1カ月、タクシードライバーとして働いたことがある。その時、「万が一、事故を起こして社長が死んだらどうする」とか、「道路交通法違反で捕まったら、マスコミから格好の的にされる」とか、「他のドライバーより低い売上しか上げられなかったら、示しがつかない」とか、案の定、周囲からはいろいろ反対意見が出たそうだ。この反対を押し切って、遂行した川鍋さんは立派だと思う。なぜなら、矢面に立ったからだ。
 この話を聞いていて、同じく創業家の出でありながら社長に就いた、トヨタの豊田社長のことが頭をよぎった。

 一般的に、創業者以外の創業家出身者が社長にいるのは小さな会社で、ある程度大きな会社(特に上場企業)になると、創業家出身者は社長どころか経営陣にも入らずに大株主として残ることを選択することが多い。社内にいたとしても社長ではなくせいぜい取締役の一員を務めるだけに留めるような選択をする。理由は明白で、非難の的になりやすいからだ。
 企業の経営はいろんな要素が複雑に絡み、予期せぬ出来事も起こる。極めて優秀な経営者と呼ばれた人でさえ、金融危機のような不可抗力で業績を落とし、失脚することがある。経営者が創業家出身者の場合は、本人に実力があろうとなかろうと、「創業家の出身だから社長になれたんだ」という嫉妬による非難を受けやすいこともあって、創業家出身者でない経営者の何倍もの非難を受けることになる。一方で、そのくらい大きな企業の創業家であれば、働かなくても生きていけるだけの資産を持っているので、わざわざそんな非難を浴びるリスクを取って、目立つ立場になろうとしないわけだ。もちろん、サントリーのようなケースもあるが、かなり稀である。

 今、トヨタの豊田社長は矢面に立って非難を受け止めている。そのストレスは尋常ではないに違いない。
 前述の、川鍋社長がタクシードライバーをやろうとしていた時に反対していた人たちも、こういう非難を受けることを警戒し、会社や川鍋さんを思って反対していたのであろうから、責めるわけにはいかない。
 そんな中、反対を押し切るのは容易でなかっただろうと思う。反対があっても矢面に立つということはとても勇敢な行為であり、尊敬されるべき決断であると思う。
 「矢面に立つ」、これは私の好きな生き様の一つだ。
posted by 角田 健治 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ベンチャーキャピタル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

11月26日、東京大学にて講演します。

60人ほどの小さなセミナーですが、講演します。学生相手ではなく、全国各地の大学で産学連携や大学発ベンチャーに関わっている大学教授など、立派な大人たちを相手に、自分がベンチャー投資の専門家として(「教える」とまでは言わないものの)語る立場になったことに、少し驚きもしますが、自分を抜擢してくれた勤務先の社長と東大の各務教授にとても感謝しています。せっかくかけてもらった期待に背かぬよう、しっかり準備して良い内容にします。


起業・大学発ベンチャーセミナー
11月26日(木)18:00-20:00
第3回「大学発ベンチャーのExitを考える」
18:00-セッション@「目指せグローバル企業」
新日本有限責任監査法人 公認会計士 中野圭介氏
あずさ監査法人 マネージャー 公認会計士 石原寛一氏
19:00-セッションA「白馬の騎士を惚れさせろ」
(株)エム・ヴィー・シー(三井ベンチャーズ) プリンシパル 角田健治 氏

場  所:東京大学 産学連携プラザ(本郷キャンパス内) 2階大会議室
参加費:無 料
定  員:60名
主  催:東京大学産学連携本部事業化推進部
事務局:本部産学連携グループ
http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/kigyou/seminar/index.html
posted by 角田 健治 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ベンチャーキャピタル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月21日

ウォームビズ苦戦

http://nikkeibp.jp/wcs/leaf/CID/onair/jp/biz/418284

  クールビズの半分の実施率らしい。政府のクールビズ推進活動は「成功」と呼んで良いと思うが、クールビズが成功したからと言って、クールビズと同様の取り組み程度でウォームビズも成功すると考えるようでは、あまりにもマーケティングの基本がなっていない。

  クールビズが成功した背景には、ヒトという動物にとって「軽装の方がラク」という根源的なドライバーがある。もちろん、ビジネスシーンのカジュアル化を認める価値観が出来つつあるという時代のトレンドだとか、環境意識の高まりなどもドライバーなのだが、「軽装の方がラク」というドライバー以外はクールビズもウォームビズも同じ条件で普及率の違いを生む要素ではない。
  つまり、この結果は、暑い時に暑さに耐えなくて良いというのはユーザーニーズにマッチしていたが、寒い時に寒さに耐えなさいというのはユーザーニーズにマッチしないというだけのことを如実に表している。本来やりたくないことをやるという苦痛を強いるタイプのプロモーションをかけるなら、快楽を与えるタイプのプロモーションの何倍もの工夫と努力が必要なのは自明の論理だろう。
  とはいえ、25%まで普及させただけでも、結構健闘した方かもしれないとも思う。
posted by 角田 健治 at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ベンチャーキャピタル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月28日

プレイステーション成功の鍵とは

先日、プレイステーション開発プロジェクトの中核メンバーだった人の話を聞く機会があった。

  当時はゲームが2Dから3Dへと移行する過渡期に当たるが、それまでのゲーム業界は任天堂とセガがハードウェア(家庭用ゲーム機本体)を作っていて、スーパファミコンを持つ任天堂が圧倒的なシェアを持っていた。そこに、ソニーからPS、松下から3DO、NECから○○(失念)、バンダイから○○(忘れた)などが発売され、一時的なハード乱立時代を迎えた。任天堂とセガも新機を出したが、最終的にゲーム業界新参者のソニーが勝利を収め、今に至る。
  これらのハード乱立初期、ソニーの勝利を予測した人は少なく、多くの人は任天堂が勝つと思っていた。その大きな理由の一つはソフトで、当時はセガを除く全ての大手ソフトメーカーが任天堂と強い結びつきがあり、3Dの次世代機になっても任天堂の地位は崩れないと思われたからだ。しかも、任天堂以外のハードは32ビット機(バンダイのみ8ビット、スーパファミコンは16ビット)で、任天堂が予定していた64ビット機(Nintendo 64)の方が性能で勝っていた。
  それにも関わらず、ソニーが勝ったのはなぜか。一般には、2強RPGの一角である「ファイナルファンタジー」を擁するスクウェアが任天堂と決別してソニー側についたのが引き金になったと言われている。それを見て、2強RPGのもう一角である「ドラゴンクエスト」を擁するエニックスがソニー側に付き、PSの勝利が決定的になった。この時の任天堂の失敗は、16ビットから一気に64ビットにしようとしたために、他社の32ビットマシンよりN64の発売が1年以上遅かったことだと言われている。待ちきれなかったソフトメーカーが離反した、というわけだ。
  さて、以上は一般に理解されているハードウェア競争の勝因と敗因だが、冒頭のPS開発者によると、もっと大事なことがあったらしい。

  当時のソニーにおいて、ゲームは社内ベンチャー的なプロジェクトだった。ゲームビジネスが「外れれば三振、当たれば場外ホームラン」のハイリスク/ハイリターンなものであることは今も当時も常識である。それゆえ、当時のソニーでは毎月PSプロジェクトを続行するかどうかの決裁を取っていたらしい。要するに、毎月の取締役会で一度でもネガティブな報告があれば、打ち切りになっていたかもしれない状態だったわけだ。
  PSのスペックなどが決まり、試作機ができた頃、開発チームの人たちはソフトメーカーを回ってPS用のソフトを作ってくれるよう売り込みに行ったが、「3Dで面白いゲームなんて作れない」「300万台売れたらもう一度来てくれ」と、どこも相手にしてくれなかったらしい。ソフトメーカーの立場からすれば、3Dゲームを作るのは2Dと比べ物にならないコストがかかるし、何台売れるか分からないハード向けのソフトを作るのも大きなリスクなので、そういう対応だったのは無理もない。
  このままソフトメーカーがつかずにPSプロジェクトは終わるのかと思った頃、東京ゲームショーが開催され、彼もそれを視察に行った。すると、会場の入り口で、つい2週間前にPS参入を断ったソフトメーカーの社長が彼を捕まえて「待ってたよ。例の次世代機、今すぐ商談をしよう」と言われたそうだ。当時はケータイもなく、何が起こっているのか訳も分からぬまま、近くのホテルの一室を借りて一通り話し終え、ゲームショーの会場に戻ったのは4時間後だった。そこで、ひときわ人だかりの出来ていたセガのブースを覗いて、初めて事態を理解したという。「バーチャファイター」だ。
  「バーチャファイター」はセガが開発した世界初の3D対戦格闘ゲームだ。当初はゲームセンター向けに作られたが、やがて家庭用に移植され、セガサターンの売上に大きく貢献した。この「バーチャーファイター」を見た上述のソフトメーカー社長が即座にPS参入を決意したらしい。社名は伏せていたが、たぶんカプコンかナムコだろう。カプコンはPS黎明期に「バイオハザード」をヒットさせ、ナムコは「鉄拳」で一稼ぎした。
  その後、このソフトメーカー以外にも複数のメーカーがPS参入を決めたことでPSプロジェクトが打ち切りにならずに済み、PSの発売決定へと至ったそうだ。つまり、そのタイミングで「バーチャファイター」が発表されていなければ、PSは発売さえされていなかった可能性が高いということであり、まさに「その時、歴史が動いた」わけだ。
  それにしても、PSは競合であるセガの新作発表によって助けられたわけで、セガ側から見れば何とも皮肉な話である。

  プレイステーション成功の鍵は、「バーチャファイター」。
posted by 角田 健治 at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ベンチャーキャピタル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする