2014年03月26日

右手に決断力を、左手に交渉力を、そして、胸に冒険心を。

2014/07/17 東大アントレプレナー道場にて講義を担当します。
「右手に決断力を、左手に交渉力を、そして、胸に冒険心を。」

http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/jp/venture/dojo/materials/poster_10th_business.pdf

http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/jp/venture/dojo/index.html

・・・それにしても、出雲さんの「レ・ミドリジル」は凄い。 演題だけで負けた気がする
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2013年10月26日

東京大学アントレプレナー道場 2013

今日は、東京大学アントレプレナー道場のビジネスプラン最終発表会でした。 私が指導を担当したチームは惜しくも入賞を逃しましたが、次点で、北京大学渡航権を獲得しました。

私がこれに関わるようになって今年で5年目、指導したチームは6チーム目。 その中には優勝したチームもあれば、北京大学渡航権を得られなかったチームもいますが、コンテストが終わってしまえば、みんな友達。 

今年は、教育プログラムを改良したせいか、特に僅差の戦いになり、最後の最後まで結果が分からないと思っていました。 落選したチームには申し訳ないけれど、これだけ粒揃いだった競争の中で自分の担当チームが次点に滑り込めたのは、正直なところ、嬉しい。

時々、「なんでこの仕事を引き受けたのか」と訊かれるけれど、答えは単純で、「これが趣味だから」。
 若者の自由な発想と、無限とも思えるほどに広がる可能性を感じさせる姿に触れていると、まるでエネルギーをもらうような気がする。 それが第一のインセンティブ。
 そして、この仕事は、後進の育成という意味で、社会に貢献している感覚を強く感じることができる(一種の自己満足だけれど)。 それが第二のインセンティブ。
 「働く動機は、カネではない」と、カネ儲けの方法を教えながら言うのだから、何とも説得力が無い(笑)
 でも、いつか分かってくれるはず。 それで良い。

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2012年09月23日

ホンモノの富裕層に会った

He was a great guy.
The gentleman seated next to me in the flight from New York to Brussels was an individual investor. He owned and managed a company of label printing, sold his stocks and moved to Malta, a tax haven, two years ago, though he is a Belgian, and then finally started a new life as an investor. It is a typical life style of wealthy people, though I am not sure how rich he exactly is.
What a coincidence. He loved to invest in publicly-traded bio-tech companies (e.g. NASDAQ-listed companies), though he did not have any scientific background. I am investing in earlier stage bio-tech in private, and he is investing in later stage bio-tech in public. The only difference was development stage of target company.
His strategy was unique. His targets were bio-tech companies conducting clinical trials, and a few months before announcement of the result of such a clinical trial. Generally speaking, stock price would jump up immediately after an announcement that a certain clinical trial was successful, and vice versa. When he predicted a successful result by his very special approach (this approach is a secret, though he told me in a low voice), he invested in the target company. Then, a few months later, he obtained a large capital gain. He was repeating it, and increasing his assets more and more. Very smart approach. Incredibly smart.
I felt like that I learned why he could become rich. There is a significant difference between thought of the rich and thought of the poor.
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2012年05月31日

一票の格差是正

世代別選挙区という案があるみたいだけど、おそらく、80歳以上選挙区、60〜79歳選挙区、40〜59歳選挙区、20〜39歳選挙区からそれぞれ全議席数の25%ずつを選びましょうという感じなんだろうな。それでも今よりはずっと良いだろうけど、平均寿命がだいたい80歳なんだから、80歳以上は1人1票、60〜79歳は1人2票、40〜59歳は1人3票、20〜39歳は1人4票にして選挙をしたら、ちょうど良いんじゃないかな。利害を被る年数に応じた発言権って合理的じゃない?
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2010年09月11日

モンゴル

 草原を馬で疾走したいと思い、9月6日から一週間ほどモンゴルに行っていた。途上国に行くといつも起きることだが、やっぱり少しお腹が痛い。それはともかく、期待以上の旅になり、満足だった。

 成田からウランバートルへ直行便で移動後、ウランバートル市内で一泊。
 翌朝、50kmほど離れたウランバートル郊外のツーリストキャンプへ移動する途中、遊牧民のゲルを訪問し、家庭料理(というか、馬乳酒と自家製乳製品)を味見した後、馬の乳絞りを体験し、モンゴル相撲をした。馬乳酒は有名なので、一度は飲んでみたかったが、体質的に一切アルコールが飲めないので、文字通り、一舐めしただけ。ヨーグルト風味の炭酸飲料のような味だった。大塚製薬のsoyshと少し似ている。アルコール度数は3%程度らしく、遊牧民達は水代わりに飲んでいた。というか、彼らはほとんど水を飲まず、代わりにミルク(牛、馬、羊、山羊のどれか)か馬乳酒を飲むらしい。たいてい魔法瓶に入ったホット・ミルクが出される。それも単なるミルクのことは少なく、少しお茶の葉を混ぜて、ミルク度が高いチャイのような状態で、それが彼らにとっての「お茶」らしい。自宅で牛乳を水代わりに飲んでいる私には「あり」だったが、同行していた他の旅行客には不評だったようだ。
 チーズはいろんな種類があるが、堅かったり酸味が強すぎたりして、あまり好みのものがなかった。そんな中、唯一、食べやすかったのは「生バター」だった。牛乳を煮詰めて作っているらしいが、生クリームとバターの中間のような見た目で、甘くないカスタードクリームのような味。パンに塗って食べると、いくつも食べられる。

 三日目、ついに乗馬。一日に6時間も乗るのは初めての試みだったが、私の技量では前半の3時間で既に脹脛と太腿がパンパン。日本でも何度も乗っていて駈足までは一応できるので、馬の持ち主であるモンゴル人遊牧民と一緒に最初から激しく走り過ぎた。しかし、それに勝るほど楽しい。
 モンゴルの馬は、サラブレッドより一回り小さく、揺れも小さいので乗りやすいと聞いていたが、実際は揺れが小さいからというより調教が行き届いているから乗りやすいと言った方が良い印象。日本の馬のように大事にされていないので、その分だけ従順なのではないかと思った。
 四日目、さらに乗馬3時間。不思議なことに脹脛の痛みは消えていたが、太腿、腰、背筋の筋肉痛が激しい。それでも、このために来たのだからと馬に乗った。この日の同伴者は、他の旅行客が乗馬をキャンセルしたので、ツアーガイドと遊牧民の二人だけ。ツアーガイドも遊牧民出身なので、乗馬は自転車に乗る程度のことらしく、上手いし、私と違って身体のどこも痛くないらしい。
 他の客がいないので、三人と三頭で走りまくった。身体は痛かったが、しばらくすると麻痺してきて、痛みを感じながらも楽しめる程度になったので、馬を全力疾走させて競争したり、駈足で十数分くらい何キロもの距離を走り続けたりしていた。
 一緒に走った遊牧民は疾走時に、鐙の上に立ち、馬の背に一切触れずに乗っているのに気付き、少し教えてもらいながら、真似をして、「立ち乗り」を覚えた。何度も落ちそうになったが、いったん、できるようになると、これは尻が痛くないので、なかなか良い。
 私が立ち乗りをできるようになると遊牧民が馬に乗ったまま掴みかかってきて、驚いていると、ツアーガイドが「モンゴル人は、馬で走りながら相手を掴んで馬から引きずり落とすという遊びをします」と平気な顔で言う。片手で鞍を掴み、もう一方の手で引っ張り合いをしつつしばらく走った。何とか落とされずに済んだが、客相手に恐ろしいことをするヤツだと大笑いした。私がそこそこ乗れたのと、年齢が近かったので、親近感が湧いたのだろう。そう思ってもらえるのは私も嬉しい。
 前日も含めて9時間、もはや何キロか分からないほど走ったが、「どこまでも行っても、草原」という状態を大いに堪能した。ところどころ遊牧民のゲルがあり、家畜の群れがいるが、だいたい視界の届く範囲に他のゲルが見えることは稀で、お隣さんとの距離はかなり離れている。「広い」という言葉が物足りないくらい広い。景色もほとんど一緒なので、遠くの山の見える角度でおおよその位置を測っていた。
 そんな果てしなく続く草原を、馬と一体となって風に成るような爽快感は忘れがたい。
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 五日目、ウランバートル市内を観光。思っていたよりずっと豊かなようで、結構良いクルマが走っている。街の様子は、ジャカルタをやや上回るが、北京にはほど遠い発展具合の街という印象。それでもジャカルタ以上というのが、意外だった。人口わずか270万人の国だが、自由経済に変えて20年、ある程度上手く行っているのだろう。ジャカルタではバイクが主流だが、モンゴルではバイクはほとんど走っておらず、圧倒的にクルマ、それもSUVが多い。冬は-40度にもなるモンゴルでは夏くらしいしかバイクが使えないし、舗装されていないところを走行することが多いからだろう。しかし、途上国らしく、運転マナーはとても悪い。

 今回の旅行で最も印象的だったこと3つ。
 1、遊牧民の気配りの細やかさ。以心伝心という言葉があるが、言葉を使わなくとも、仕草や視線で他人が何をしたがっているかを読み取って、それを手助けしてあげる力が、とてつもなく強い。日本では「かなり気の利く人」が遊牧民では「平均」に見えた。最初に驚いたのはクルマの運転手だった。サービス業だし、たまたまその人だけかと思っていたら、その後もずっと続く。会う遊牧民(遊牧民出身者を含む)が、皆、そんな調子なので、どうやらこれは遊牧民全体に共通することなのではないかと思った。ウランバートル育ちの人は違うようだ。私がそう思ったという話を遊牧民の中年男性にしたら、「遊牧民の生活ではそういう能力が無いと上手くやっていけないからだろう。そういう能力を日本人が失ってしまったのなら、日本は残念だな。」と言われた。ごもっとも。
 2、戦闘民族の文化。乗馬で突然仕掛けられた引っ張り合いもそうだったが、ちょっと親しくなるとすぐにモンゴル相撲だとか腕相撲だとか、とにかく力比べをしたがる。わけを聞くと、モンゴル人の宴会は、いつも最後にケンカをするらしい。ただ、よく話を聞いてみると、日本で言うケンカのようにいがみ合って始まるケンカではなく、格闘技の試合のような取っ組み合いを指しているようだった。遊牧民の生活や育った環境を聞いていると、どうやら、彼らの「遊び」には「戦い」の要素がやたらと多く含まれているという表現が正しそうだ。
 3、天地の本来の姿。夜の天と、昼の地である。馬で駆け回った草原は久々に「大地」という言葉を思い出させてくれた。「土地」ではなく、「大地」である。モンゴルに着いて間もない頃、どこの草を自分の家畜に食べさせるかで遊牧民同士が争うことはないのかと訊いたら、「無い」という回答だった。基本的に早い者勝ちで、先に誰かがいたら、他へ行く。草なんていくらでもあるのに、どうしてそんな事で争わなければならないのかと不思議そうだった。それもそうだろうと思う。この広い大地を見ていると、小さな土地を争うことがバカバカしく思える。そして、夜になると見える星空。素晴らしかった。まず、雨の少ない気候なので、雲がほとんどない。クルマで少し移動すれば、視界の届く範囲に全く光がない場所から空を見上げられる。この二つの理由で、プラネタリウムのように何にも邪魔されない完全な空を見ることができる。東京だと天の川がどこにあるのかよく分からないような程度にしか見えないが、ここでは、探す必要もないほどハッキリと見える。肉眼では六等星が限界だと言うが、もう一段暗い星まで見えているのではないかと思うほどの星の数。流れ星も数分に一回くらいの頻度で見える。これが本来の天地の姿なのだろうと思った。
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2009年11月21日

ペイントボール

 とてもおもしろかったです。
 パスポートを見せて米軍基地内に入り、退役軍人と一緒にサバイバルゲームなんて、なかなか衝撃的な体験でした。
 これは、いくら言葉を尽くして説明しても、実際にやってみないと分からないのではないかと思いますが、銃の戦いが自分の慣れ親しんだ拳や棒のケンカといかに違うのかを痛感しました。戦国時代に鉄砲が伝来した時、同じ衝撃が日本中に走ったに違いありません。まさにゲームのルールが変わったのだろうと思います。

 何が違うのか。

 強いて一言で言うなら、力や技の戦いから確率の戦いに変わるということです。
 もちろん、銃の戦いでも、射撃技術、戦略、チームワークはいくらか影響します。でも、それ以上に大きな影響力をもたらすのは、弾数と人数なんですよ。
 言いかえると、戦いを構成しているいくつかの要素には、戦いの結果にどのくらい影響するという重みがあって、その重みの傾斜が拳や刀の戦いと銃の戦いでは全く違うということです。
 一つ例を挙げると、体の大きさという要素は、肉弾戦では大きいほど有利に働くわけですが、銃撃戦では小さいほど有利なのです。ね?根本的に違うでしょう?
 理屈で考えれば当たり前のことも、実際に体験すると強烈な衝撃です。自分が銃撃戦でこれほど弱いとは、最初、とても納得できませんでした。机上の空論と生の経験の差ですよね。

 本物の兵士は、こういうシミュレーションを経験した上で実戦に臨むのでしょうが、シミュレーションをしたことのない者が行けば、一瞬で殺されるだろうと思いましたし、同時に、こんなに簡単に不意に受けるたった一発の銃弾で命を落とすと思うと戦場に出るのはとても言葉では言い表わせないほど怖いだろうと思います。
 自分は今まで銃をナイフと同じ程度にしか怖いと思っていませんでしたが、単なる無知だったことを思い知らされました。
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2008年05月04日

StrengthsFinder

数週間前に女友達から「StrengthsFinder」というものを勧められた。その時は「脳内メーカー」のような根拠のない占いサイトみたいなものかと思ったので、すぐにはやらなかったのだが、最近、親友のブログで取り上げてられていたので興味を持ってやってみた。結果は下記の通り。
 多くは、親しい人が見れば「そう、その通り!」と言いそうなくらい、普段から自他共に認めている内容なのだが、見方によっては長所とも短所ともなりうるようなことも、これだけ良い面にだけ光を当てて指摘されると、何だが自分がすごく才能に溢れているように見えて気分が良い。それが流行っている本当の原因ではないかという気もするが、何はともあれ、一つ自分にとって良かったことがあった。
 私は平均的な人よりも他人と摩擦を起こすことが多い。これを私の短所として指摘する人もいる。しかしこれは、StrengthsFinderで「指令性(command)」とされている、「対決を恐れない」性格によるものだ。そして、StrengthsFinderはそれさえも短所ではなく、長所となりうる資質(原語では「theme」)だという。ありがたい話だ。
 大したことではないが私の最も強い資質である「自我」、原語では「significance」となっている。日本語で「自我」というと「エゴ」とか「自己中心的」なイメージが強く、ちょっとネガティブな響きを孕んでいるように思うのは私だけだろうか?もう少しポジティブな「存在意義」とかに訳して欲しかったと思う。

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Clifton StrengthsFinder

次は、StrengthsFinderの結果に基づいて導き出された、上位5つの資質です。

StrengthsFinderでは、The Gallup Organizationが定める34の資質の存在を測定します。これらは、優れた業績を予測するための確実で安定した指標であるとされています。個人の持つ優れた資質は、日々の行動に自然と表れるものです。その資質が強いほど、行動に表れる傾向も強くなります。

その人が本来持つ強力な資質に注目することで、それらの資質を強みの基礎として活用し、ほぼ完璧な形で一貫した能力を発揮し、仕事、学術、プライベートの面で成果を上げることができます。


自我

あなたは、他人の目にとても重要な人間として映りたいのです。もっとはっきり言えば、あなたは認められたいのです。あなたは聴いて欲しいのです。あなたは目立ちたいのです。あなたは知られたいのです。具体的には、あなたの持ち前の強みによって人に知られ、評価されたいのです。あなたは、信頼でき、プロフェッショナルであり、そして成功している人として、尊敬されたいと感じています。同時に、あなたは信頼でき、プロフェッショナルで、成功している人とだけつきあいたいのです。もしそういう人でないと、あなたは彼らがそうなるまで圧力をかけるでしょう。彼らがそうならないなら、あなたは彼らを置いて先へ進むでしょう。独立心の強いあなたは、仕事を単なる仕事そのものではなく、自分の人生そのものにしたいと考えています。そしてその仕事の中で、好きなようにやらせて欲しい、又は自分のやり方でやるための余地を与えて欲しいのです。あなたのこのことに対する熱い思いは非常に強く、あなたはこれらを実現しようとします。ですからあなたの生活は、強く求める目標、成果、地位であふれています。何に焦点を当てていようとも――一人によって異なりますが――あなたの「自我」という資質は、中途半端から優秀な状態へとあなたを向上させ続けます。これが、あなたをより向上させ続けている資質なのです。


コミュニケーション

あなたは説明すること、描写すること、進行役を務めること、人前で話すこと、書くことが好きです。これにはあなたのコミュニケーションという資質がよく現れています。アイデアはアイデアに過ぎません。事実は、その時々に起こったことに過ぎません。あなたは、それに命を吹き込み、活力を与え、刺激的で生き生きとしたものにしなければならないと感じます。そこであなたは、「単なる事実」を「物語」に転換させて、それを上手に語ります。単なる「アイデア」を取り上げ、イメージと具体例と比喩を使って生き生きとさせます。あなたは、たいていの人は集中力が続く時間がとても短いと思っています。彼らは情報の洪水に見舞われていますが、情報はほとんど頭に残っていません。あなたはあなたが伝えたい情報を――それがアイデアであろうと、事実であろうと、製品の特性や特徴、何かの発見、あるいは教訓であろうと――人々の心に残したいと考えます。あなたは彼らの関心を自分に向けさせ、捉えて放さないようにしたいと思っています。あなたが、最適な言い方を探そうとするのはこのためです。あなたが、ドラマチックな言葉や力強い言葉の組み合わせを使おうとするのは、このためです。人々があなたの話を聴きたがるのはこのためです。あなたの言葉で描かれたイメージは彼らの興味をそそり、彼らの見方を刺激して行動へと啓発するのです。


戦略性

戦略性という資質によって、あなたはいろいろなものが乱雑にある中から、最終の目的に合った最善の道筋を発見することができます。これは学習できるスキルではありません。これは特異な考え方であり、物事に対する特殊な見方です。他の人には単に複雑さとしか見えない時でも、あなたにはこの資質によってパターンが見えます。これらを意識して、あなたはあらゆる選択肢のシナリオの最後まで想像し、常に「こうなったらどうなる? では、こうなったらどうなる?」と自問します。このような繰り返しによって、先を読むことができるのです。そして、あなたは起こる可能性のある障害の危険性を正確に予測することができます。それぞれの道筋の先にある状況が解かることで、あなたは道筋を選び始めます。行き止まりの道をあなたは切り捨てます。まともに抵抗を受ける道を排除します。混乱に巻き込まれる道を捨て去ります。そして、選ばれた道――すなわちあなたの戦略――にたどり着くまで、あなたは選択と切り捨てを繰り返します。そしてこの戦略を武器として先へ進みます。これが、あなたの戦略性という資質の役割です:問いかけ、選抜し、行動するのです。


指令性

指令性という資質によって、あなたは主導権を握ります。他の人と違い、あなたは自分の考えを他人に押しつけることを苦痛とは感じません。それどころか、ひとたび考えが固まると、あなたはそれを他の人に伝えずにはいられません。ひとたび目標が定まると、あなたは他の人をそれに同調させるまで安心できません。あなたは対決に怯えることはありません。むしろ、対決は解決策を見つけるための第一歩であることを知っています。他の人は不愉快な状況に立ち向かうことを避けようとするかもしれません。ところが、「事実」や「真実」がどれだけ不愉快なことであろうとも、それを示さなければならないと感じます。あなたは、課題が人々の間で明確に理解されていることを求めます。従って、あなたは人に、偏った考えを持たず正直であることを要求します。あなたは彼らにリスクに挑戦することを迫ります。彼らを怖がらせることすらあるかもしれません。これを嫌ってあなたのことを頑固と呼ぶ人もいるかもしれませんが、一方で、進んであなたに主導権を握らせることもしばしばあります。人々は、立場をはっきりと示し、周りの人にもある特定の方向に向けて行動するように求める人に魅力を感じます。だから、人々はあなたに惹きつけられるでしょう。あなたには強い存在感があります。あなたは指令性を備えた人です。


責任感

あなたは責任感という資質により、自分がやると言ったことに対しては何でもやり遂げようという強い気持ちを持ちます。それが大きかろうと小さかろうと、あなたは完了するまでそれをやり遂げることに心理的に拘束されます。あなたの良い評判はそこから来ています。もし何かの理由であなたが約束を果たせない時、あなたは相手に対してそれを何らかの形で埋め合わせる方法を無意識に探し始めます。謝罪では十分でありません。言い訳や正当化は問題外です。あなたは埋め合わせが終るまで、生きた心地がしません。このような良心、物事を正しく行うことに対する強迫観念に近い考え、非の打ち所がない倫理観、これらがすべてあいまって「絶対的に信頼できる」という高い評判を生み出すのです。人が新しい責任を誰かに任せる時、まずあなたに目を向けるでしょう。あなたがその責任を必ず果たすことを知っているからです。人々があなたに助けを求めてくるとき――すぐにそうなるでしょうが――あなたは選ぶ目を持たなければなりません。進んで事に当たろうとするあまり、できる範囲以上に仕事を引受けてしまう場合もあるからです。
posted by 角田 健治 at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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